喋るなじいさん

バンドの打ち合わせという名目の飲み会を終え、僕は一人でスナックに入った。
その店は2度目だった。以前行った時、セックスするなら黒人が一番!と言うおじいさんがいてとても楽しかったのでまた足を運んだ。

店に入ると店のママと以前もいた常連さんらしき人たちがいた。
カウンターに座って、あ、また来たんや、来ましたよ、などと話をしながら麦水割りを飲んでいた。

そこにおじいさんが1人、入ってきた。
黒人セックスおじいさんではなかった。
突然だったので内容はあまり覚えていないが、おじいさんは僕の隣に座って話しかけてきた。
話しかけてきたので相槌か何かを打ったと思う。
そうしたら「喋るなボケぇ」と怒られた。
ママと常連さんと僕は揃って、えっ、という顔をした。

おじいさんはかなり飲んでから来たのか酔っていた。
この店になる前もこの場所はスナックで、一度飲みに来たと言う。
おじいさんがその店のスタッフの名前を出した。
聞いていたママはその店とは関係ないので誰だろうという顔をしつつ、適当な相槌を言った。
するとおじいさんは「喋るなボケぇ」と怒った。
おじいさんが喋りかけ、それに返事をすると怒られるという理不尽な空間が仕上がっていた。

僕はこの頃、おじいさんの隣は可哀想という常連さんの助け船で、常連さん側の席に移動していた。
しかし僕はほぼノータイムで「喋るなボケぇ」と怒るおじいさんが面白かった。全然不快な気持ちではなかった。

ただ、おじいさんの相手をしていたママはそうではなかった。
というか面白かっただけで僕からしてもおじいさんの謎の怒り方は酷かった。
ママはそのうち「ちょっと!」と声を上げた。
「なんでそんな喧嘩酒なん!雰囲気悪なるだけや!お代は結構ですからお帰りください!」
おじいさんはなんやと!と怒った。
しかしママは至極冷静に、シンプルに帰りなさいと怒っていた。

おじいさんは怒りながらも時折笑顔だった。
こういう泥酔はつまり本気で「喋るなボケぇ」と怒っている訳ではなく、酔って気が大きくなっているだけだ。
しかしママに本気で怒られている。
なので自分としては楽しく飲んでいるだけなのにめっちゃ怒られている状況になっている。
おじいさんは半笑いで、しかし言われたからには怒っていて、なんやねんとぶつぶつ言っていた。多分頭の中は大混乱だっただろう。

おじいさんが帰るが金は払うと言う。
ママは突っぱねる。
押し問答しながら、おじいさんは隣の店で飲む!と出て行った。

おじいさんがいなくなると何だったんだあの爺さんというその場にいた人間全員の共通意識が生まれたと共に、まったりとしたスナックの雰囲気に戻った。
僕はそういうよく分からない雰囲気が楽しくて酒が進み過ぎてしまい、ほぼ記憶を無くして帰宅、次の日二日酔いで仕事へ出向き、酒臭いと怒られた。

酒は楽しい。酒は怖い。

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