荒木若干

記事一覧(35)

豚汁ラプソディ

9月と言えば僕の誕生日である。それはもう盛大である。過去の誕生日を例にあげると、僕はとにかく豚汁が大好物で、誕生日の日、カレー鍋で豚汁を作った。その時はすでに結婚していたが、自分で作った。嫁に「作らせろ」と申し出た。約4リットルの豚汁は晩飯に登場し、翌朝には消え去った。それはロマンだった。ロマンは男を成長させる。ロマンなき人生に意味などないのだ。ここで豚汁に100パーセント必要な具材を挙げよう。豚肉。当然とかのレベルではない。神ってる。ゴボウ。ささがきも捨て難いが、そこは厚めの斜め切りだ。人参。薄い輪切りが人の輪を作る。長ネギ。あの時許せなかった出来事が、淡い思い出に変わる。豆腐。木綿の弾力ある食感が幼少の記憶を蘇らせる。こんにゃく。年越しそばのような細く長く生きるだけの人生なんてうんざりだ。歯ごたえを感じろ。苦難を楽しめ。大根。その姿は哀愁があり、また心に訴えかけてくる何かがある。それは果たして、自我にとっての安寧、言い換えては堕落なのかもしれない。見方を変えればまるで麻薬のような存在になる。しかし、立ち止まってはいけない。振り返ってもいけない。己を信じる心。他者を許す気持ち。過去の失敗から得る力。明日への希望。世界との繋がり。叡智がもたらす、いや今までの努力が積み重なった、そう、命に近しいもの。それが自分を強くし、時には辛く感じる時もあるだろうが、きっと自分を強くし、逞しく、そして誠実に。生きていく。僕たちは生きていく。28歳になります。

ダイジェスト日記(8月)

右往左往している。この夏は色々な場所に行き、精神的にはアップダウンが激しく、気が落ち着かない。ここ2、3日は飲酒量が減っている。夏バテなのかなんなのか、酒を飲むとオェってなる。体調が良い日がない。プールに遊びに行ったので日焼けして肩がヒリヒリする。ヒリヒリするほど外に出ていなかったのかと思う。インドア派に夏の日差しは厳しい。カメラを買う相談を嫁としているが、着地点が見つからない。とりあえずファインダーを覗けるカメラであれば、最低限いいかなと思う。出来ればFull HDの動画が撮れたら良い。高校野球が始まった。去年までは仕事真っ盛りの中、合間を見てテレビ観戦をしていたが、今年は家でだらだら見ることが出来ている。せっかく関西に引っ越して来たのだから、機会があれば甲子園まで見に行きたい。曲を作りためている。以前は一曲出来ればすぐ発表していたが、ちょっと出し惜しみしてみようと思った。現在2曲完成している。なんとなくアルバム風な感じで年内に公開出来ないかなと思っている。Instagramを始めた。というか改めて始めた。昔やってた。ちょっとでも写真の練習になればと思ってやっているけど、今の所手応えはないので、続く気がしない。スマホのみんなのゴルフばかりやっている。子供に「お父さんの好きなものはみんゴル」と思われているらしく、スマホを触っていると「みんゴル?みんゴル?」と聞かれる。夏が過ぎていく。

何番目の擬宝珠が良い感じなんでしたっけ

京都の嵐山に行った。昔、通った学校のすぐ近くなので思い出が蘇っておセンチになるかなと思ってたけど、そういえば学生時代は嵐山=観光地で、人は多いし売ってるものも割高だしという偏った考え方であんまり行かなかった。なので行ってみるとただただ観光しただけだった。全国的に有名な渡月橋という橋があるが、僕にとっては川を挟んで向こう岸に住んでいた友達の家に遊びに行くために渡る橋だったので生活道という印象。昔、その辺りに住んでいたという話を関西の人にすると、台風で渡月橋周辺が浸水被害を受けた話題がよく出る。僕はその時にはもう地元に帰っていて、テレビ越しに「うわぁ」としか言ってなかったので、そんなにその被害について深く思っていたわけではなく、「そ、そうですねぇ」という言葉しか出てきません。今回嵐山に行った時も、電車を降りて改札へ向かう最中、観光に来たらしきおばちゃん二人組が「この辺り大変だったのよねえ、水が」「水が。水がねえ」という話を歩きながらしていた。ぷらぷら歩いて見るとお土産屋が多いだけじゃなく、駅中にビアガーデン的なところがあったり、ちょっと裏道に入るとオシャレなカッフェがあったり、これは学生時代に来ても楽しめたなと思った。実際僕の周りにいた女子はよく「嵐山のカフェ行ったらぁ」みたいな話をしていたのを思い出した。当時はサブカル気取りかよクソ馬鹿野郎どもと思っていたが、今ならそんなこと思わずきゃぴきゃぴしながら店に入れるだろう。色々考えていたら嵐山が、思い出と地元感と関係ない場所感と観光地感が入り混じった、不思議な土地になった。

ダイジェスト日記(7月前半)

以前から書いている気持ちの落ち込みはまるで解決していませんが、開き直りかけてきているというか、考え方が明後日の方向へ動き始めていて、当初予定していた解決になりそうもなくなってきました。良し悪しは知らない。気分転換をしようと思い、色々やってみました。滋賀県甲賀市にある「忍者屋敷」に行きました。思い立ったら吉日、出発前日にスカイプで話したことはあっても一度も会ったことのない「お母さん」というややこしい名前の男を誘って行きました。道の駅で合流して忍者屋敷へ。車一台分の道を抜けた先にありました。中に入ると日曜日だからか、結構な人数のお客さんがいて、写真撮影していた外国人にぶつかってしまい、「オウ!ソーリー!」と謝られましたので、「いえ!」と日本男児な言葉を返しました。忍者屋敷は外見、平家の民家なんですが、隠し階段を上がれば中二階のある三階建でした。館内スタッフさんの説明を聞くとなかなか歴史に深みがあって、正直思っていたより面白かったです。ちゃちな仕掛けがあるだけだと思ってたから。大人向けだなあと。と思ったら入口の説明書きにも「基本的にこの忍者屋敷は大人向けの施設だから子供が遊ぶ感じの部分は少ないよ!」って書いてました。他にも行った場所はあるんですが、特筆出来るほどの内容がないので割愛します。道中、僕が運転手をしていたんですが、助手席に座った初対面の男に「面白いことを言え」と恫喝されながら動画撮影されていたことだけ、書き留めておきます。ユーモアハラスメント。

悲しい箇条書き

気落ちしていることを前回の記事で書いたが、じゃあ気落ちして、具体的に自分にどんな影響が出ているのかを書き出してみようと思ったので箇条書きで列挙していく。1…家事が億劫になった「最低限しなきゃ」という最低限のやる気でしか出来なくなっている。2…部屋の明かりをつけたくない一人の時はカーテンを締め切って電気を消して生活している。3…タバコを延々吸っているベランダに30分ぐらい座り込んで、気づいたら10本ぐらい吸っている。4…自分の顔をビンタする多分考えてしまうのをやめさせようとしている。無意識というか癖になっている。類似項目に「太ももを叩く」と「髪を搔きむしる」がある。あと独り言が多くなった気がする。5…家であまり笑わない外では笑ってるという意味ではないです。愛想笑いぐらいは出来るし。これでも社会人やぞ!楽しくないわけでもない。ただボーっとしていることが多いと思う。テレビ観て笑ったりは普通にする。6…悩みの原因を夢で見るこれは大分落ち着いてきた。先週は毎日見ていた。7…酒を飲む量が増えた許容範囲内で。昔は家で記憶が飛ばしてたけど、今はそんなことはなくなった。ぐらいかな。すごい!ネガティブが濃縮されてて見るに耐えない!あと昨日久しぶりに体重計乗ったら5kgぐらい痩せてたけど、これは引っ越ししてから生活リズムが変わったからだと思う。自分の感覚では、食欲は以前と変わっていないし、むしろ酒の量増えたから体重も増えてるだろうなあと思ってたからびっくりした。痩せたい方、遠方への引っ越し、オススメです。

ダイジェスト日記(6月)

現状、心が不安定だ。ネットにこういうことを書くと、バリバリのかまってちゃんではあるが、何か整理をつけないと気分が悪いので、日記として書いてみることにした。最近失敗続きで落ち込んでいる。僕は失敗をいつまでも引きずるタイプの人間だ。「あの時こうしていれば」を延々思い出して夜寝られなくなり、ひとりきりの時に奇声をあげる。そういう人、いるんじゃないでしょうか。僕は、「失敗をいつまでも引きずるタイプの人間」のことを「プライドが高い人間」だと思う。プライドが高いゆえに、失敗した時のズタズタ感が凄いのではないかと。Twitterでも書いたけど、僕は今、失敗の渦中にいて、何も解決していない状態で気分転換をしても状況は変わらず、一瞬現実から離れたところで、それが終わればまた不安定が襲ってくる。そんな状況を自己分析してみると、自分が「失敗していない」という自覚を持つことが、元の状態に戻れる核になると思う。つまり「プライドの高い人間に戻ること」が、精神的な解決になるのではないか。そしてその「失敗していない自覚」を持つためには、まあまあな量の情報を覚えて実践しなければならない。僕はそのまあまあな量の情報にへこたれている。へこたれて逃げても変わらないのは分かっているし、そう思ってその情報を覚える作業はしているつもりだが、覚えられていない部分に直面した時に、そこでまた「失敗した」と思い、凹む。堂々巡りである。これが近況です。解決策は分かっていて、その内容も当然のことだなあと思います。自分で読み返して、目新しい、珍しいことは書いてないなと。考えを整理して、愚痴をこぼして一体何になるのか、自分自身よく分かってないです。人に聞いてほしい訳でもないし。ネットに晒して何言っとんじゃって感じだけど。でもなんか書きたくなってしまった。これも現実逃避の一環ですね。気分が持ち直したらまた報告します。

ザッピングの業

都会はテレビのチャンネル数が多い。地元ではNHK(教育テレビ)、日テレ、TBS、フジだけだった。4つ。今は地デジ8チャンネルで、BS放送も見られる。ザッピングの右往左往がすごい。あとリアルタイムで放送される。高知県だと系列テレビ局の番組は時間通りに見られるが、そうじゃないものは高知県のテレビ局が入れられる時間帯に放送する。例えばMステは金曜日の夜8時に始まる。しかし高知県では違う時間に放送される。生放送ではない。というか今調べたら、放送自体なくなったみたい。まじかよ。確か深夜帯に放送していた。なので高校生の頃、Mステは深夜番組だと思っていた。プリキュアも放送されていない。スーパーとかでプリキュアグッズは売られているのに。いやここまで言ってアレですが、高知県のテレビ事情に文句があったよという話じゃないんですよ。チャンネル数が多いとね、見るもの決められないんすよ。「7時からはこれ見て、8時からはこれ、9時にはこれ」って計画が立て辛い。常に何かを見逃している気がする。謎脅迫観念。それを思うと、高知県は上手くバランスが取れていた。シンプルなので見るものが選びやすかった。そりゃあ今まで見れなかったあの番組が見られるという嬉しい部分もあるんですが、良し悪し、ではないけど、あちらが立てばこちらが立たずというか。

自分の服装をファッションと呼べない男

5年振りぐらいに会った友達に、「そのパーカー、5年前にも着てなかった?」と言われた。「いやいやそれはない」とその場では答えたが、家に帰って昔の写真を見ていると、5年前の写真にそのパーカーが写っていた。物持ちが良いわけではないけどファッションに興味がないので、サイズがおかしくなく、無難なカジュアルさがあれば着るものにこだわりはない。高校生の頃、友達から貰ったTシャツはまだ着ている。一昨年ぐらいまでは中学生の時買ったTシャツを着ていた。フランケンシュタインが描かれた黒いシャツだった。捨てるときに躊躇なかったので思い入れが強いタイプでもないと思う。ここ最近、よく靴が壊れる。履き潰したり、もらい物だったりが原因だと思うが、靴と靴底が分離してしまう。普通に歩いていると突然足元から「パコッパコッ」と音がし始める。さながらジョーズのBGM。「来たな…」と身構える。見ると靴底が半分ほどペロンと剥がれている。かかと側がワニの口みたいにぱっかり開いてる。外出しているときになるのが多いので、近くのコンビニで接着剤を買って靴に塗りたくりその場では事なきを得ているが、しかし思うに靴底と靴本体ってそれこそ接着剤で貼り合わせただけなのか。一体型というか、別パーツを合体させたものだと思っていなかったので最初はびっくりした。そんな応急処置済み靴は家に二足ある。現役ばりばりだ。一軍だ。買い換えるなら接着剤の方が安いし、と思ってしまう。そう思うと、僕は物持ちが良いわけではなく、思い入れが強いわけでもなく、シンプルに貧乏性なのだろう。しかし靴用の接着剤はすごい。かなりシンナー臭いが、くっつけてから問題なく履けている。コンビニで買う普通の接着剤は量的に心もとないので、また剥がれてしまいそうだが、靴専用接着剤の量、安定感、これはおみごとだと思う。こうした部分に接着剤職人の熱意を感じる。ガイアの夜明けで特集してほしい。カンブリア宮殿でもいい。

大都会

ど田舎出身なので、都会に出るとついついビルを見上げてしまう。この間大阪に行った時もそうだった。短大生の頃は京都に住んでいた。京都は景観保全のためにめっちゃ高い建物の建設は禁止されているが、河原町周辺に遊びに行くと、それはそれで僕としては高い建物が集まっている場所で、バカみたいに見上げていた。ちなみに僕の地元で一番高い建物は、多分市役所。8階建て。しかしよくよく考えてみると、大自然高知県には山がある。後ろを振り向くと標高400mの山がたくさんある。400mつったらまあスカイツリーよりは低いけど、東京タワーより高いじゃん。それが視界埋め尽くすぐらいあるんだから、もうほぼ大都会なんじゃないかと思えてきた。大阪がなんぼのもんじゃい。東京がどうした。小学校の遠足で登るんだぞ、こちとら。そんな山々に囲まれて育ったので、いや、そんな摩天楼に囲まれて育ったので、僕はシティボーイと呼ばれても差し支えないのかもしれない。最先端のファッションを取り入れ(フジグランで購入)、放課後は友達と甘いものをテイクアウト(スリーエフで購入)。第二の小沢健二は僕だった。星野源ではないのだ。むしろ僕が星野源だ。とか言いつつ、大阪のビルで下を見下ろして「高ーい!」なんて喜んでてすみません。